Japanese style tattoo

洋彫りと和彫りの違いって何?

 
タトゥーが初めての新規の方などに、「洋彫りと和彫りって何が違うんですか?」とよく聞かれることがあります。そこで今回は少しわかりやすくタトゥーデザインの違いや世界のタトゥー文化などを踏まえながら簡単にタトゥーの歴史についてまとめてみたいと思います。
 
※ここから追記となりますが、最後まで書き終えてみて思ったのは一つの記事でまとめるには少し方向性が違う話が混じりすぎるので、幾つかに分けて記事を作らないと話がまとめきれないと感じました。今後、今回省いた部分に関しては記事にしたいと思います。
2017.11.01  COLUMN

洋彫りと和彫りの違い


一般的に日本で「洋彫り」と呼ばれているデザインの認識はおそらくアメリカ由来のものだと思いますが、そのデザインにも様々なジャンルが存在しています。ジャンルの違いについての説明はひとまず置いておいて、日本では和彫り以外のデザインを全て、洋彫り・タトゥー(Tattoo)と呼んでいますが、海外では共通でタトゥー(Tattoo)と呼びます。タトゥーの語源は、タヒチ語(ポリネシア語)で「叩く」を意味する「タタウ(Tatau)」から始まっていると言われ、英語では「Tattoo」フランス語では「Tatouage」イタリア語では「Tatuaggio」となり全てタヒチ語の「タタウ(Tatau)」が語源といわれています。
 
このように世界では共通でタトゥーと呼ばれ、日本での和彫り以外のデザインを全て洋彫りと呼んでいるのは、違いというよりも日本独自のジャンルの分け方と認識すると分かりやすいと思います。
 
 

タトゥーのジャンルについて


先の記述通り、日本では和彫り以外を全て洋彫り(タトゥー)と呼んでいますが洋彫りとひとくくりに呼ばれるタトゥーデザインの中には様々なジャンルが存在しています。ここから、話は複雑になるので簡単に話を進めていきますが、時はさかのぼり戦後以降にアメリカのタトゥーカルチャーがファッションと共に日本に入ってきており、その頃の時代のアメリカのタトゥーを一般的に「アメリカントラディショナルタトゥーやアメリカントラッド、トラッドタトゥー、アメトラ」などと呼び、そこから時代の流れやマシンやインクの進化により様々なジャンルへと派生していき、タトゥーの表現方法も常に進化し続けてきました。
 
近年2000年以降の傾向を大きく分けると、インターネットの台頭により今まで世界中で独自の進化をしてきたタトゥーデザインがミックスされ、よりジャンルも複雑化しています。どのタトゥージャンルもより精密に写実的にリアルに表現する方向へと進化していく流れと、昔のクラシックスタイルを忠実に再現するオールドスクールとの二極化の流れが生まれているのが見え始めています。
 
時代の流れと共に新しいスタイルが生まれ、流行と共にひとつのジャンルとして画一されてきたタトゥーの世界では、すでに世界中で何十種類ものジャンルが存在します。日本の伝統的な刺青「和彫り」もそのジャンルの中のひとつです。
 
 
 

ジャンルの種類や違いについて


ここまでで、タトゥーデザインの中にもスタイルやジャンルが沢山存在することが理解できたと思いますので、少しジャンルの種類について触れたいと思います。まずは、代表的なスタイルから「アメリカントラディショナル」、「バイオ・メカ」、「ポートレート」、「和彫り」、「トライバル」、「ドット」、「チカーノスタイル」、「レタリング」、「トラッシュ」、「オタク」、「ニュースクール」など世界には他にもまだまだ沢山のタトゥースタイルが存在しますが、それはまた別の機会に参考画像と共にまとめたいと思います。
 
では、こんなに沢山あるジャンルは一体何が違うのか?簡単にいうと決定的な違いはデザインの法則と表現の仕方にあります。着色の違いや線の太さ、題材とするモチーフの違いがあり、それぞれ表現手法が異なります。
 
例としてひとつあげると、当スタジオでは日本古来の伝統モチーフを題材とした「ジャパニーズトラディショナル」というスタイルを2016年から手がけ始めましたが、伝統的な和彫りとは少し違います。扱うモチーフは和彫りのモノと同じでも、デザインの仕方はアメリカントラディショナルの法則に従う形であり、逆に言えばアメリカントラディショナルスタイルで日本古来のモチーフを扱いデザインするスタイルです。
 
私は、アメリカ人ではないので古い歴史的背景やアメリカ独自の文化などについては、かなりの勉強をしない限りアメリカ人には到底及びません。また、アメリカ人も日本に住む私のように、幼少期に正月に凧をあげたこともなければ、年越しに蕎麦を食べる由来なども知るはずもありません。そう言った文化の違いから、デザインは見よう見まねで起こせたとしても経緯や背景を見落としていたりすることで、結果的にデザインに差が出てくることが少なからずあると思います。
 
個人的にアメリカントラディショナルスタイルは好きなんですが、あえて日本古来のモチーフを題材に表現をしようと思った理由はここにあります。「できないことはやらない」が当スタジオのポリシーであり、ここを理解すると当スタジオがなぜ、「洋彫り専門店」であるのか納得できるかと思います。日本の伝統的な刺青「和彫り」もやりながら、俗に言う「洋彫り」も全てこなし、お客さんの望むタトゥーデザイン全てに答えるような営業スタイルには到底無理があります。細部にまでこだわりを持ち、デザインの経緯やその歴史的背景までを把握し、世界に通用するデザインを作っていく為には、専門的な知識や技術はどのジャンルにも必要不可欠な要素であり、そういったことを考えた結果、現時点では当スタジオでは手掛けるジャンルをある程度絞って運営することが最善と考えています。 他のタトゥースタジオでも何人かの彫り師が在籍し、手がけているジャンルに違いがあるのもその為です。やり直しのきかない一生物のタトゥーですから思い通りのデザインを彫る為には、あれもこれもやるスタジオよりも、あなたの彫りたいスタイルを専門としているスタジオを選ぶことが最適だと思います。
 
 

日本の刺青文化について


日本ではタトゥーの呼び名が古くから沢山あり、「入れ墨」、「刺青(しせい)」、「倶利伽羅悶々(クリカラモンモン)」、「文身」、「紋身」などがあり、実際に耳にしたことがないような名称もありますが全て同じ意味です。現代では、「刺青」と書いて「イレズミ」と読むのが一般的な名称として浸透しています。次に日本の刺青についての歴史や背景について簡単に触れたいと思います。また、刑罰として存在した入墨についての記述は今回は省きます。
 
現代まで続く日本独自の刺青文化「和彫り」は、江戸時代中期以降に発展を遂げ歌川国芳を始めとする浮世絵師の作品からの影響を強く受けながら、現代へと続く和彫りのスタイルがその時期に画一され始めていきます。当時はまだ勿論手彫りであり、タトゥーマシンで和彫りを彫るようになったのは1990年代くらいからで、長い歴史の中でいえばまだ始まったばかりといっていいかもしれません。手彫りか機械か、刺青を彫る手法の違いで刺青の呼び名が変わることは現代では無く、当時は刑罰としての入れ墨(入墨)と分けるため、装飾目的の入れ墨は文身と呼ばれていました。明治時代に入り、入墨刑が廃止されることによって装飾目的の文身も法律で禁止となります。明治初期の厳しい取り締まりの後、文身はまた段々と黙認されるようになり、昭和中期頃、小説家の谷崎潤一郎の「刺青」発表後に「刺青」という言葉が誕生します。そして、戦後から徐々に外国のタトゥー文化が日本に入ってきて、インターネットの台頭によって一気に世界のタトゥー文化が融合していきます。近年、世界中でタトゥーブームが起きていますが、同じように日本でも今では刺青は任侠の世界の人たちだけのモノといった認識は薄れ、タトゥーはファッションの一部としてミュージシャンやアーティストなどを筆頭に一部の若者に受け入れられるようになりました。しかし、ここ数年で言えば日本は世界のタトゥーブームの流れに逆らうように、タトゥーは社会悪として様々な場面でニュースなどに取り上げられている機会が多くなっています。ここ最近のタトゥー問題については、本題から方向が少しずれるのでまた別の機会に。
 
 

最後に


長くなりましたが、「和彫り以外を全て洋彫りとくくるのは日本独自のものであり、和彫りも含めジャンルやスタイルは世界の文化の違いに沿って多数存在し、それぞれの違いはデザインの法則と表現方法にあり」と認識することが一番しっくりくるかと思います。当スタジオ インクイディオッツでは、洋彫り専門店として主に「ポートレート」、「リアリスティク」、「チカーノスタイル」、「レタリング」、 「ジャパニーズトラッド」をメインに取り扱っています。それ以外のオーダを受ける事もありますが、基本的に興味の湧かない案件に関しては安請け合いするよりもお断りしています。その場合、スタイルにあったオススメのスタジオをご紹介しますので、デザインについてのご相談、お問い合わせはお気軽に!
 
 

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